黄昏に降り来る闇


 一 水に映る(かげ) 4


 僕は今、布団の上に畏まって正座して、御神楽と千尋に相対している。傍から見たら変な 構図だ。でも、全員真剣だった。今僕が聞こうとしている話が片手間に聞ける話じゃないの は相手側の態度から明白だったからだ。部屋中に緊張した空気が流れる。僕はごくり、と唾 を飲み込んだ。
「お茶が入りましたわ。皆様どうぞ」
 突然脇から掛かった声に僕たちは、全員毒気を抜かれてはあーと息を吐いた。千尋なんか はずっこけている。なんか珍しいものを見た気分……。いつの間に部屋を出ていたのか連さ んがお盆を持って来ていてみんなの前に湯気の立ったお茶を配り出した。その後ろからこれ また翼さんがお盆にお茶菓子を乗せたものを持ってついて来ていた。うわ、これその辺で売 ってるスナックじゃなくて生菓子だ。細工がきれいだし本格的なお茶のお菓子って感じ…… お茶ももしかしてこれ急須で入れたのじゃなくてしゃかしゃか点てたやつ? さすがいいお 家は違うなあ……。
 ……っていうかさ、なんていうタイミング! お約束って……もしかしてこういうのをい うんじゃないだろうか。
「お前ら……ワザとやってるだろう。ったく俺の躾がなってなかったのか、どうなんだか… …」
 千尋は頭を抱えて唸ったが、御神楽は笑っていた。しょうがないなこの二人は、なんてい いながら。
「まあ、わざとだなんて……当然でございましょう。……それに躾とおっしゃるならいつ何 時でも遊びと余裕を持ち、真剣な時こそ軽口を、手ごわい敵ほど張ったりを……というのが 御館様の身上ではございませんでしたの? わたくしたちは御館様に習うのが身上でござい ますもの。常の御館さまにおかれましてはこれくらいの事どうともありませんでしょう。そ れどころか、ですわよ」
 連さんは口元に手を当ててころころと笑い、翼さんはうんうんと頷いている。もしかして ……この二人似たもの同士? まともな人たちだと思ってたのに……それに御館様って千尋 のことだよな。千尋がこの家の世帯主なのかな? それにしては若すぎるしなあ……。
「まあ、そういやそうだな。俺としたことが、ついつい、な。よし!んじゃまあいつも通り いくか。凛子、いいか?」御神楽は笑い転げながらうんと頷いている。
「まずは俺たちの素性からだ。凛子は御神楽の現当主。御神楽とはおよそ千年前から続く古 い家でかつては都を妖から守ることを生業にしていた。が、今はこのとおり廃れて権力から はもう何百年も遠ざけられている」
 千尋はとうとうと語り始めた。その目はどこか遠くに思いを馳せているようで。って、現 当主って千尋のことじゃないのか? どう見ても千尋がこの家の主のように思えるけれど。
「そして俺は凛子を守るもの、要は御神楽の守護者だな。つまりは人間じゃない。妖の類だ と思ってくれていい。俺はまあ、代々の御神楽ってわけじゃないが気に入った当主を守護し 、導くのを生業としている。いわゆる使い魔の高級バージョンだと思えばいい。そして、翼 と連は俺の部下、つまりはこいつらも妖だ」
 翼さんと連さんはにっこり笑って頷いた。……人間じゃないなんて……びっくりしたけど この二人ならなんだか納得だ。でも、千尋がそうだったとは本当に驚きだ。だってあまりに 人間くさいような気がする……。
「びっくり、って顔だな。本当に気づかなかったのか?さっきだって、連がお前が起きたの を確認した直後に凛子がすっ飛んでいったからてっきりばれたのかと思ったが」え? ああ 、そういえばそうだ。御神楽が来たのは連さんが僕と顔をあわせた直後だった。それって… …?
「凛子様にはわたくしがお教え致しました。わたくしと連は常に繋がっているのです。連が 見た事、聞いた事は同時にわたくしにも認識できる。わたくしと連は元は同じものですので 」翼さんが静かに言った。それを受けて連さんが続ける。
「わたくしどもははじめは一体の力弱い妖魔でしたが、御館様が二つに分けて力とそれぞれ の名と姿形とをお与え下さいましたの。ひとつが二つに分かたれるということは持ちうる性 のうちまったく逆の性質をそれぞれ持つことになる、ということですわ。同じものは同時に は存在できませんから。静と動、明と暗、そして男と女。まったく別のものであって……そ れでいて同じもの。ですからわたくしと翼は常に元に戻ろうとする力が働いて惹かれ合い、 そして繋がっているのですわ」
 二人は手を取り合いにっこり笑って言った。二人が元はひとつだったなんて……なんだか 不思議だけどこれぞ究極の恋人同士って感じ。実際二人は寄り添いあっていて幸せそうだ。 なんかいいな。
「ふん……少年、そんな羨ましそうな顔をするな。こいつらは究極のナルシストだぞ。何せ 元は一人の、というか一匹の妖魔なんだからな」……そういわれてみれば……そうかも…… 。うーんでも、幸せそうだからそれでいいか、なんて僕は思ってしまうんだけど……。
「わたしは別にいいと思うぞ、二人が幸せなら。元はどうだったかなんてあまり関係ないだ ろう。大体千尋が二人をそういう風にしたんならお前もそれを認めるべきだろうが」
 御神楽が口にした言葉はほとんど僕が考えていたことと同じで。なんだかこんな小さな事 が嬉しいのは、やっぱり僕のこの胸にある想いのせいだろうな。
「橋詰だってそう思うだろう。なあ?」いきなり振られて僕はちょっと焦ってしまってこく こくと頷くばかり。御神楽は千尋に向かってそれ見た事か、なんて雰囲気でふんぞり返って いる。……かわいいな……。
「だあー!そんなことよりも、今日の説明だ、説明!っとに、お前はホント二人に甘いな。 一応お前俺を通してこいつらの主人なんだからもう少し厳しくしろ。ええと、どこまで話し たんだか……」千尋はがしがしと銀色の派手な頭を掻きながら説明を続ける。
「そう、今日襲ってきた奴等の事な。あいつ等の事は俺たちは虚体と呼んでる。体を持たぬ 意識だけのもの。色んなものの成れの果てだ。憎悪だったり恨みだったり執着だったり、そ んな負の感情が凝って集まったものが力増した時、たまあにああやって肉を得たりするわけ だ。大概が負の感情にとらわれた人間がその隙を突かれるのさ。負の感情の塊である奴らに とっては好都合ってわけだ。そんでその器にされた奴の力が強いとそいつらも強くなる。体 だけ得て、力は喰っちまうわけだ。そうなりゃ簡単にはいかねぇ。そうなる前に、俺たちで 奴らを消す。力を得るために喰うのは時間が掛かるからな」
「電車の中で、わたしが橋詰を殴ったのは虚体に憑かれそうになっていたからなんだ。まだ まとわりついていただけだったからああして物理的な衝撃を与えてやれば追い払える。…… すまん、痛かっただろう?」御神楽がちょっと上目遣いで僕を見上げて言った。ああ!そん な風にされたら僕は……痛て!ん?
 千尋が知らぬ振りをしながら僕の膝を足で小突いたんだった。あ、顔に出てたのかな…… しまった! 御神楽にも気づかれ……てないな、はぁ。
「んで……今日なんでタイミングよくお前の前に俺たちが現れたか、というとだな……お前 からは匂いがすんだよ。ある特定の輩、つまり人間じゃない輩にだけ分かる匂いがな。そい つ等にはものすごく美味そうな匂いに感じられるはずだ。それも日ごとに強くなってる。初 めは俺も分からなかったが最近じゃお前に近づかなくても分かるようになった。んで、凛子 と二人で今日はお前を護衛することになったわけだ。ま、俺はどうでも良かったんだがなあ ……」
「匂い……ですか?」僕は思わず自分の袖の匂いを嗅ぐ。ええと……特に匂いはしませんけ ど……って言うか、自分じゃ気づかないだけ? もしかして僕くさいの!?
 御神楽と千尋はそんな僕を見て爆笑した。あ……違うの? 横を見ると翼さんと連さんも 笑いを堪えている。
「だから、特定の輩にだけわかる匂いっつったろ。お前天然だろう。まったく……」
 千尋はぶつぶつ言いながら足を崩した。あ、そういうことですか……。笑いの発作がおさ まったのか、御神楽が後を続ける。
「橋詰はきっともともと力が強い人間だったんだろう。たまにわたしたちのような者でなく ともそういう力を持った人間がいるんだ。今まで表に出ていなかった力が出てきて……そし て身を守る術を持たぬものは喰われてしまうんだ。わたしはそれを見過ごせなかった」
「何度も言うが俺はどうでも良かったんだぞ。凛子がどうしてもって言うから仕方なく、だ 。実際今の御神楽は退魔を生業にしているわけでもないし、頼まれもしない事をするのは俺 は反対だったんだ」
「だが、わたしがすぐ側にいるのに見過ごすのは余りにも情けがないと思わないか?そうい うのはわたしは好かない」きっぱりと言う御神楽の瞳はとても澄んでいて、強い意志のよう なものを感じさせる。ああ、やっぱり御神楽はこういう人だったんだなあ、なんて嬉しくな る。とてもまっすぐで、強い。無表情で愛想がない頃の御神楽もそんな強い意志を感じさせ る人だった。
「ま、俺はたとえ助ける事になったとしてもここまで話すつもりは無かったんだがな。適当 にやつらを蹴散らしてこいつの力を封じて記憶を消してしまえばそれでお仕舞、のつもりだ ったし。何よりお前が今まで世間に対して着けていた仮面が剥がれてしまうのは得策じゃな いと思っていたんだが……。誰かと関わる事で何か不都合が生じる可能性を生むのは避けた かったしなあ」
 千尋は相変わらずぶつくさ言っているが、御神楽はちょっと憤慨している。そんなのはあ まりに僕に対して理不尽だ、とか世間がどうかなんてどうということも無い、今までが窮屈 過ぎたんだからいいだろう、とか。ここで一旦話が途切れたようなのでちょっと僕の中で整 理をつけてみようと考えてみた。
 まず、御神楽家は代々続く不思議な力を持った家で、御神楽凛子はその家の当主だから不 思議な力を持っている。千尋と翼さんと連さんは人間じゃない。そして、御神楽があんなふ うだったのは世間に向けて仮面をつけていた?
 そして。僕自身のことは……びっくりだけど僕も無自覚に何かの力らしきものを持ってい てそのせいで虚体というやつらに狙われてしまっていた、ということか。ちょっと信じられ ないことではあるけど、これは事実なんだ。誰も嘘偽りを言っていないということは何か本 能のようなもので分かった。でも、いっぺんに情報の波が襲ってきたみたいでなかなか実感 のようなものはわかなかった。僕がぼうっとしているのに気づいたんだろう。御神楽は少し 不安げな面持ちで僕に話しかけてきた。
「……その、橋詰。突拍子も無い話だって事はわたしだって分かっているつもりだ。いや、 わたし自身は幼い頃からずっとこんな状況に置かれていたから……本当にはその、橋詰の気 持ちは分かっていないのかも知れない。でも、信じてほしいと思う。それにまだ橋詰自身の 身の安全が確保されたわけではないんだ。確かに問答無用で封印をしてしまえば暫らくは大 丈夫になるんだろうけど、この先絶対大丈夫だという保証は無い。それにわたしはお前の意 思を無視するようなそんなことをしたくないんだ。だから、なんというか……勝手だが橋詰 の為にも全部話したところで協力してもらえたら、と思うんだ……」
 最後のほうは消え入りそうな声だった。ああ、また僕は君を不安にさせてしまった。そん なつもりは無い、なんていっても君はそうはとらないだろうな、なんとなくだけど。だから 僕は笑って言った。
「いや、違うよ。僕が思ってたのは……千尋はどう見てもそんな大層な妖魔とかに見えない な、とか、翼さんと連さんだったら雰囲気あるから分かるけど……とか。そんなこと。話自 体は君たちが嘘ついてるなんて微塵も思ってないし、思えないしね。僕がなんか力があるっ ていうのだけは信じられないけど。だって、僕だよ?」
「ほう……少年、俺を呼び捨てにするとはいい度胸だ。それに、俺がなんだって?ヘタレ眼 鏡君が言うじゃねぇか……」痛い痛い! 耳引っ張るなんて、やめろよ〜銀髪サド野郎って 呼ぶぞ! やっぱりこの男とは合わない……。
 結局御神楽がとりなしてくれて事は収まったけど、僕と千尋は天敵同士そっぽを向いたま んまだ。そんな僕たちの間で御神楽は苦笑している。もう不安そうな顔はしていなかった。 良かった。
 でも、問題は千尋だ。なんかもう、ものすごい妖魔だって言われたって怖くなんか無かっ た。だって、きっとこの男を超えられなきゃ全てが超えられない気がしたから。……いや、 超えられるかどうかとか、そんなの全く根拠がないんだけどさ。落ち着いてから、連さんが 入れなおしてくれたお茶をずずっとすすって、ふと今日の出来事でひとつだけ疑問に思って いたことを聞いてみた。
「そういえば今日の人たちは……どうなったんですか。御神楽が倒した後に」
「今日のは力を喰われるまでは行ってねぇからな……何せ時間がなかったんだろ。表の意識 だけちょっとつまみ食いって程度で殆ど操られてるだけの状態だ。そういう輩は凛子に倒さ れた後は普通の状態に戻るだけだ。もちろん意識なんてもんちょっとぐらい喰われてもどう ってことはない。その間の記憶がなくなるくらいだろう。今頃家に帰って何であんなところ で倒れたのか首をひねってるだろうさ」
 そっぽを向いたまま千尋が言う。こんな状態でも質問に答えるなんて案外律儀なやつなの かも。
「ま、とりあえず話しておかなくちゃならないのはそれぐらいか。後はお前次第だ、少年。 この話をどう捉えるかによってお前自身の選択が変わる。身の振り方を決めるのはお前だ」
「僕の、身の振り方、ですか?」なんだろう? そう、御神楽は協力と言っていたなあ。僕 自身で出来ることがあるのなら幾らでも、って感じなんですけど。
「橋詰には、自分自身の力をコントロール出来るようになってもらいたいんだ。今のままで は際限なく虚体やら、それよりも恐ろしい輩に付け狙われてしまう。何とか表に出ている力 の残滓を留められるようになって欲しい。そうすればやつらも寄ってこなくなるから。…… でも、そうなるためには時間が掛かるだろうし、何よりも自分自身が……いや、なんでもな い」
 御神楽は、最後言葉を濁した。それを聞いた千尋がいつもどおりの小憎たらしい笑いを浮 かべながら言った。
「そう、自分自身が普通の人間じゃないって事を自覚するって事だよ」
「千尋!」御神楽が血相を変えて制したが、千尋はかまわずに続ける。
「力をコントロールすると言うことは使えるようにするって事だ。お前自身が全く違う世界 に生きるものに変わってしまう。それは今まで生きてきた当たり前の世界から踏み出すとい うことだ。……それが嫌なら、記憶と力を俺が貰い受けるだけだがな」
 僕が、変わってしまう? そうでなければ僕の記憶、真実の御神楽の姿や、千尋や翼さん 連さんのことを忘れてしまう、ということ?
 僕は……嫌だ。忘れてしまうなんて、そんなのは嫌だ。この、今日一日で育ってしまった 御神楽への想いを失くしてしまうなんて。それに……僕の、力。全然自覚は無いけれど、そ れもまたきっと僕の一部。僕自身なんだ。僕は、決断した。
「僕は、どんな風でも僕自身でしかないと思います。たとえ生きる世界が変わっても、普通 とは言えなくても僕は僕です。記憶も力も、今の僕の中にあるのであればそれをなくしてま で普通、と言われる世界にいる理由は……きっとないんだと思います」
 御神楽も、千尋も僕を見つめている。僕は御神楽の今は生命の躍動にあふれた瞳を見つめ 返した。
「僕は、変わらないよ、御神楽。僕が僕自身である限り。それは君だって同じ事なんじゃな いのかな……。学校での君も、今の君もどちらも御神楽凛子であるように。ええと……今な らちょっと分かるんだ。学校では仮面をつけていたっていうけど……それでも今こうして僕 の前にいる君と僕が知っている以前の君は同じ人だって感じるし……ええと、よくわかんな いんだけどね」僕は言ってしまった後、なんだか照れてしまってえへらと笑ってしまった。 ああ……なんかしまらないなあ。あ、御神楽が笑った。これは……うん、きっと笑われてる んではなさそう。良かった……。
「餓鬼が色気づきやがって……っとに、分かってんのか?こっちを選んだってことは地獄の 特訓が待ってるってことに。もちろん、教えるのは俺だ。覚悟しとけよ?少年」
 千尋がぱきぽきと指を鳴らす。ああ、古典的! とはいえ、地獄の特訓か……相手が千尋 ゆえに不安が募る……。
「大丈夫だ、橋詰。千尋は教えるの上手だと思うぞ。わたしも出来ることは協力するからし っかり力をうまく制御できるように頑張ろうな!」御神楽が僕の手をとってぶんぶんといっ た感じで振り回してくる。御神楽って……実はものすごくリアクションでかいよな……とふ と思い至ったけどそれは僕にとっては嬉しいことだったので僕もこっそり手を握り返して笑 みを浮かべた。ああ、なんだか幸せだ。
「くぉら、餓鬼が!調子にのんじゃねぇぞ。生半可な気持ちじゃついてなんかこれねぇから な。覚悟しやがれ」千尋の野郎〜せっかくいい雰囲気だったのに、手を取られて掴まれた。 ちぇ。
「ほらそろそろ暗いから、餓鬼はさっさと帰れ!凛子ももう晩飯の時間だぞ。ほれほれ、さ っさとしろ」僕と御神楽は追い立てられて引き離される。なんだろうな〜もうほんとに。

 玄関まで御神楽が見送ってくれた。明日の登校の電車の約束もしたし、なんだか僕は嬉し いことがありすぎて地に足がつかない感じ。近くの駅までの道すがら、僕はスキップしそう な勢いだった。教えられたとおりの道順をいくと、ちゃんと駅が見えてきた。僕の使う駅か ら二つ先の駅で、実は家からは直線距離だとそう離れてないところにお互い住んでいる事が 分かった。御神楽の知らなかったことがどんどん分かって僕はちょっと有頂天。
 あ、そうそう、僕を一人にするのは不安だから、と言う理由で、僕の力は一時だけ少し封 をされることになったんだ。千尋が何かやったらしいけど、僕自身に変化は無いみたいで、 よくわからない。けれど、これで御神楽が「わたしが側にいなくても少しは安心だ」なんて 言っていた。確かに、いつも張り付いてもらうわけには行かないし、迷惑だろう。早く自分 で自分の力をコントロールできるようにならなきゃなあ。なんて、考え事をしながら歩いて いると、もう少しで駅に入るというところでいきなり腕を引っ張られ、狭い路地に引きずり 込まれた。ま、まさか、封が弱かったのか? また、今朝のやつらかも!
 僕は出来る限りもがいて、捕らわれた腕をはずそうとしたけれど……は、外れない! な ら大声を……げ、口ふさがれた〜! とにかくめちゃめちゃに暴れたところで、相手の舌打 ちと文句が聞こえた。え……この声って……。
「糞餓鬼が!暴れるな。声掛けたの聞こえなかったのかよ、浮かれやがって」
「千尋……なんで?」
 そう、僕を捕らえたのは先ほど別れたばかりの千尋だった。僕の腕がヒットしたのか鼻を 押さえている。……うわ……これはやばい……。
「ちょっとな……お前に確認しておきたい事があって、な」
 予想に反して、千尋は特に顔面強打については触れなかった。ちょっと拍子抜けしたけど 、それ以上に大事なことなんだろう。目が真剣だ。しかし……なんだろう?僕に確認してお きたい事?
「それって……御神楽の前では駄目なこと、ですか?」
「……お前、馬鹿じゃねぇんだな……ま、そういうことだ」鼻を擦りつつ、それでも真面目 くさって、千尋は他言無用、と念を押す。
「少年、いや、橋詰幸太。少しじっとしてろ」
 千尋は、そういい置くと僕の額に右手のひらを当てる。……なんだか熱でも測られてるみ たいだなあ、なんて思ったのは束の間。熱い!……いや、これは冷たいのか? なんだかよ く分からないけど意識がふわふわと漂いだし、体が自分のものじゃないように感じられる。 光が……青い光に包まれる……ああ、僕の右腕、右腕が……変だ。視線を右腕に移すと、腕 全体が青い光に包まれている。……何だろう、この感覚。前にも……確か……。
 僕の体がぐらりと傾ぎ、千尋の腕の中へと倒れこむ。うう、男に抱きとめられるような覚 えは、いやそんなことどうでもいい。僕はいったいどうなってしまったんだ?
 混乱する僕を支えながら、千尋は僕の右後方をじっと見つめていた。僕も、何かを感じて 振り返った。そこには。
 青い光に包まれた半透明の、多分男、がいた。多分と言うのは、そいつの真っ白な髪が地 に引きずるほど長く、そして、異様なまでに白い肌に中性的ともいえる外観の、一目見て人 外と分かる美貌の存在だったから、今一確信が持てなかったのだ。
「……久しいな、銀鱗丸」
 千尋が声を掛けても、銀鱗丸と呼ばれた妖怪らしき男は暫らくぼうっとしていた。少し僕 が回復して、千尋から離れ自分の足で立った頃、その男はようやく僕たちに気づいて声を発 した。
「……もしや……御館様でしょうか……これは……何とまた面妖な」
 千尋は思いっきりしかめっ面をした。僕はまたいきなりの展開に付いて行けず、呆然と二 人を見守るばかりだった。

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